かつて史上最強と言われた凄腕の殺し屋が一人の女性に恋をして、あっさり殺し屋引退、そして太った。
冒頭からこのまんま。シュッとしてイケてる殺し屋を目黒蓮が高いビジュアル再現度で見せつける。他方、ふとったシーンは、めちゃくちゃ違和感が出まくり。CGかと思ったら特殊メイクであることが公式サイトのプロダクションノートで明かされている。
全編通してキャラクター美術は最高にイケている。殺し屋を引退してしまうほど愛する女性を見つけた男が、家族を守るために戦うっていうのも映画のストーリーとして成立する。悪くない。

悪くはないが、とりたててよくもない。
コミックなど2D原作を実写化する場合はいろいろと制約があるものだ。
たとえばサザエさんを実写化するとして、サザエさんのあの特徴的なヘアスタイルをビジュアル面で忠実に再現したとしたら、ただヘンなだけだ。
本作の場合、主人公坂本太郎は太ったり痩せたり何度も繰り返す。原作でコミカルな要素として用いられているのだが、それを実写映画でやる意味はいかほど?
公式サイトの画像ないしトレーラーで確認してほしいが、明らかに太った坂本は質感が違う。やせた坂本がシュッとしてかっこいいアクションを見せれば見せるほど、太った坂本の異物感が甚だしい。
太った坂本は特殊メイクとウィッグによるが、明らかに作り物。質感が痩せた坂本、つまり目黒蓮本人の肌感と異様なほどギャップがある。体型の変化以前に違う生物じゃないかと思えるほど。
本作と同じ福田雄一監督のコミック原作実写映画として「アンダーニンジャ」があるが、あれはコミックと実写の境界線をよく把握して作品化した。
原作コミックではくるぶしで足を斬り飛ばされるような残酷なシーンがちょいちょい挿入されるが、実写映画では片足欠損でなく切創というマイルドな形に修正した。
実写映画でくるぶしから先を斬り飛ばすというのはコミックで受け取る以上の衝撃がある。そこを演出でマイルドにした同作は実写映画としてうまくやった。
他方で本作はどうか。
坂本が太ったり痩せたりというのが映画としての肝なんだろうか。
どうもよく分からない。
公式サイトのプロダクションノートでは
既に大人気の原作だったが早い段階のアプローチが功を奏し、原作者・鈴木祐斗サイドも映画化を快諾。多忙な監督自らすぐに脚本執筆にとりかかるが、そこに「太った坂本をどう作り上げるか」という壁が立ちふさがる。「当初は痩せた坂本と太った坂本を、別々の役者さんに演じてもらうという案もありました。でもそれが成功する未来が見えず…。参考にしたのは『アベンジャーズ』で一時的に太ったマイティ・ソーです。あれも特殊造形で同じ役者さんを太らせていますが、今回は太ったバージョンの方が出演シーンが多く、しかも激しいアクションもある。果たしてそんなことをやってくれるスターがいるのか?と。監督に脚本は進めてもらいつつ、キャスティングは難航していました」
主演俳優を決める前から坂本の太ってる/痩せてるを制作の「壁」として認識していたようだ。
こうして完成した作品を観た上でいうのは申し訳ないが、「だったら作品にしなくてよかったんじゃね?」と思ってしまった。主演の目黒蓮には申し訳ないけど。
それでもどうにか作品として落とし込めたのは、坂本の相棒シンがエスパーで人の心を読めたり、跳弾も利用して狙撃するスナイパー平助、変装の名人・南雲、あるいは敵役で拳にジェットを仕込んで破壊力を増すボイル、全身に武器を埋め込んだ鹿島など、実写化したらヘンになる要素がふんだんに盛り込まれているからだろう。
こうなると観客も「ああ、こういう世界観なのね。わかったよ」とならざるを得ない。受け止めた先の評価の好悪はともかくとして。
もし「映画」として寄せるなら、ジョン・ウィックばりに家族を絶対視する元殺し屋像を演出すればよかったのにと思う。
残念ながら本作の坂本の妻・葵は、どっちかというと殺し屋世界に片足を突っ込んだ存在だ。夫が殺されかけた日の夕方に、何の憂いもなく娘の誕生日パーティーをしてしまう人物は、守るべき家族として観客が受け取るにはハードルが高い。
妻の忘れ形見のわんちゃんが殺されたことで世界を敵に回したジョン・ウィックと比べるのは酷かもしれないが、直近で似た題材が映画にある以上、映画は映画として込めるべきメッセージがなければ足りない。
現在も劇場公開中の映画「人はなぜラブレターを書くのか」においても、世界チャンプになるボクサー役の菅田将暉は、作品世界ではメインでないにもかかわらず本格トレーニングで身体づくりをして撮影に臨んだ。
作品がそれを中心に据えているならまだしも、そうじゃないのに。
映画「SAKAMOTO DAYS」も坂本が太ったり痩せたりするのがメインなのか? いくら他のキャラクターがヘンだからといって、あきらかに質感の違う太った坂本の異物感は薄まりはしても消えはしない。
キャラクター美術をいくら原作コミックに近づけたとしても、それは映画として秀逸かどうかを決定づけたりはしない。美術は作品評価の要素の一つだが、それだけだ。
これは主演の目黒蓮に悪いことした作品なんじゃないか。彼の頑張りがあればあるほど、制作を進めたプロデューサーなど"大人の人たち"が悪いことしたんじゃないかと思ってしまう。
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