無料版で「記事を広く伝える」ための考え方を示した。
はてブで記事のストック、noteではてブ投稿済みの優良記事を投稿ないし優良見込みの未投稿記事のテスト投稿、プラスSNSとの連携だ。
記事の品質だけでは各々のサービス枠内の拡散力に依存することになる複数サービスを重ねることで爆発力を乗算していく。
しかし、これと有料記事の販売はまったく別だ。
こっちに無料記事が並んでいるのに、どうして有料記事を選ぼうとするのか。何らかの理由がなければチョイスしない。
その「何らかの理由」を整理、どういう条件で記事の有料化、収益化を満たすかを議論する。
有料記事を買う理由は、おおよそ以下の三つが考えられる。
- 記事が面白い
- 記事を書いている人のミッションに共感する
- 書いている人が有名人
それぞれみていこう。
1.記事が面白い
これはそのまんまだ。お金を払ってまで読みたいと思うほど記事が面白ければ、売れる。
2.記事を書いている人のミッションに共感する
記事そのものではなく、記事を書いている人が何をしているか。たとえば保護猫活動だったり、環境問題だったり、その他政治・社会課題へのアプローチする活動に共感できた場合、活動への寄付という形で記事を買う。
NPOがTシャツや缶バッジを売るのに近い。専門用語ではファンドレイジングなどといったりする。
3.書いている人が有名人
ファン心理で買う。記事の面白さはあまり関係がない。
これらの理由のいずれかが満たされた場合、有料記事は売れる。
ただし、これらは多くの人に届くことが条件だ。
大事なのでもう一度言う。
記事が広く伝わっていること
これが大前提だ。
面白かろうが、活動趣旨に賛同しようが、筆者が有名人だろうが、読者に届かない記事は存在しないのと同じ。売れる以前に読まれない。
結局、これがいきなりブログを始めて(別にnoteでもいいが)収益化を目指しても難しい理由だ。
まず記事が広く伝える状態に持っていかないといけない。その上で、上記3つのいずれかを満たしたなら、その時点でやっと「売れるかもしれない」ってことに過ぎない。
また記事一本あたりの価格の問題もある。
そりゃ、1円、10円ならハードルが低いかもしれないが、手間や手数料を考えるとあり得ない。
せめて記事1本100円以上はないと有料記事にする意味がない。100人が読めば1万円、1000人が読めば10万円だ。
noteにはちらほら、そうした記事が見受けられる。
もし「ええー、がんばって一人くらいしか買ってくれそうもないよー」ってことなら、有料化しない方がいい。
まずは「記事が広く伝わる」ことを優先すべきフェイズだ。
まさか少数に高額の料金を取るビジネスモデルを選ぼうというのか?
1本1万円、10人に読まれれば10万円といったような。
それはもうサロンのような話になってしまう。強烈なファンがいると自負するなら、そういう戦略もあり得るかもしれないが、ブログという形式でやるのはオススメできない。
ブログは基本的に囲い込みするような媒体ではない。ほかと組み合わせれば無理ではないだろうが、基本的には不特定多数に向けて発信する媒体で、コアなファンに向けたビジネスをするようなサービスではない。
わたしの見立てが間違っていないなら、ブログで収益化するのは、とくに有名人でもないのなら、まずはアクセス数がないと始まらない。
そもそも無料のテキストが広がっているのに、わざわざお金を出して読まれるっていうのが異常事態だと思わなければならない。
その高いハードルを越えて読んでもらえるライター、書けば少なくとも1000人単位で読んでもらえるレベルでなかったら、まず収益化などする意味がないと思う。
で、ここがジレンマだ。
おもしろい記事を書いているという自負がある。(1.記事が面白い)
公益プロジェクトを回しており、共感を得る記事発信に自信がある。(2.ミッションに共感する)
これらを維持したまま、効率よく「記事を広く伝える」ことを目指すと、記事はおそらく途端につまらなく、事業広報の魅力を失っていく。
拡散のためのSEOをちりばめるのは、もしかしたら記事の拡散力になるかもしれないが、それは別に記事の面白さを補強しない。むしろ、もともと書きたい記事をどんどんいびつなものにしていきかねない。
まったく雑にやるなら
- やたら細かく目次をつける
- 特定ワードをうるさいほど配置する
- 自前記事を数多くリンクする
これらをやることになるが、それはそれは読者にとって邪魔なノイズの塊だ。
はっきりいって、読みたくない。
読みたくない記事を書き続けたところで有料記事は売れない。
ライターが有名人になる方がよほど手っ取り早いのではないかと思えるほど。
だが、教えてくれ。どうやったら有名人になれる?
インスタが流行り始めたころ、世間にはインフルエンサーという怪しげな言葉が蔓延していった。
自称すれば有名人になるのなら簡単だが、本エントリーでいう有名人とはもちろんそういうことではない。ほかで業績を残して知られるようになった人、という意味だ。自称では全く意味がない。
結局、どうすれば有料記事が売れるのか。
そんな簡単な話はない。
簡単ではないのに、さも容易であるかのように言いふらすネット広告もあるが、あれはただの情報商材だ。買ったところで何も成果は出ないと思った方がいい。
あるいはお手軽にSEO対策でハッシュタグやキーワードてんこ盛り、目次と自前記事をリンクだらけにしたら「記事が広く伝わる」ブログが完成するのかもしれない。そして有料記事を出していけば小遣い程度は稼げるの「かも」しれない。
なあ、それであんたは満足なのか? あんたは満足かもしれないが、ネットはあんたがさらにノイズまみれにするんだぞ。あんたがやる手法は多くに真似される。大したコストもかからないからな。で、早晩、稼げなくなる。稼げる間だけ小遣い稼ぎできれば満足か?
わたしはこの手の考え方が本当に嫌いだ。
ネットの海をノイズだらけにして、そして検索を機能不全にさせる。
得るのはちょっぴりの小遣い。たった一人の生活費も稼げない。
このバランスの悪さ、ナッシュ均衡、合成の誤謬、少数のちびた欲求が多数の不満を膨らませる。このありさまに我慢ならない。
なんで小遣いが稼げるのって、面白記事を書けるか、公益プロジェクトを回しているか、ほかで業績を残した有名人か、そういう人たちが記事を広く読まれるっていう原初のルールがあったからで、その価値を「読ませる」「売る」という部分だけでドライブさせようというのがまるっきり看過できない。
わたしがここで腹を立てても小遣い稼ぎでノイズをまき散らすやつが撤退することはないんだろう。せめて、面白い記事を書いていると自負する人たちが、こんなけったいなハウツーでネットにノイズをまき散らす輩に変貌しないことを望む。
そんなことせず、ただひたすら地道に記事を書き、並行して小手先で拡散力を付与しようとせず、黙々と反応の良い記事を模索するしかないのだ。
本エントリーのタイトルに「記事有料化をうまくドライブさせるための条件」などと書いたが、そんなものが無料記事にガッツリ、誰もができるかのような形で出るわけがない。
いや、やりようによっては可能だろうが、それが素朴に「自分の面白い記事、もっと読まれるといいな。できたらお金が増えたらいいな」という地点にいるなら、まだ大丈夫だ。そのまま面白い記事を書いて、記事が広まっていく努力を並行してやる。
そうやってネットに価値をもたらしていくことが、この荒廃したネットを前にブログを書く意味じゃないかと思っている。タイトルが釣りだという批判は甘んじて受ける。だが、わたしの思いも受け取ってほしい。頼む。
