自民党大会で現職自衛官が制服着用で国歌斉唱のパフォーマンスをした。
これを小泉防衛相は「私人」として行ったものと説明した。高市首相も国歌斉唱は自衛隊法が定める政治的行為の制限に当たらないとした。
実際の条文を見てみよう。
(政治的行為の制限)
第六十一条隊員は、政党又は政令で定める政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法をもつてするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除くほか、政令で定める政治的行為をしてはならない。
2 隊員は、公選による公職の候補者となることができない。
3 隊員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問その他これらと同様な役割をもつ構成員となることができない。
件の自衛官は「陸自が誇るソプラノ歌手」と紹介され、制服を着て歌った。上司の副隊長も同行していたという。
ニュースが伝える通り国会斉唱をリードしただけなら、違反行為をいうのは難しそうだ。党大会で寄付金集めのパフォーマンスとして国歌斉唱を位置づけ可能ならば、あるいは違反だろうが、それはなんとも判断つかない。
しかし「私人」だからかまわないという論法は、ちょっとヘンだと思う。
「私人」と「公人」は、使い分け可能なものなのだろうか。
この「私人」だからという言い訳は、首相の靖国神社参拝でもよく使われる。
参拝しないまでも「私人として」玉串奉納したなどとという形で実施するものだ。
この説明は相当に無理がある。
まず内閣総理大臣という地位は在職中、ずっとついて回る。当人が勝手に外したりはできない。
できるのだとしても、それは当人の意思で可能なものではないはずだ。プライベートか否かを勝手に本人が線引きできる性質のものであるはずがない。その程度で公人とされるはずがない。
こんなことは個人ブログが言わなくても当然だ。当人がいくら強弁したところで、周囲がそう認識しない。納得できない。
野党勢力の中からは「制服を着て、自衛官として壇上に上がったのであれば政治行為です」とかバカなことを言ってるらしいが、制服の着衣の有無で公人・私人が区別されるとは思わない。
それをいうなら、かつての空幕が書いた問題の論文は制服を着ていたのか。そうではないだろう。書いた内容が問題だったのだ。着衣が公人の条件ではない。
そもそも自衛官という立場は、これは私の経験上、一度入隊してしまえば在職中はもちろん退職しても「元自衛官」として一生ついて回る。
基礎教育訓練中の座学で小隊長が言った言葉が今も記憶に残る。
「お前らは一生自衛官だぞ。退職しても自衛官だ。忘れるなよ」
ええ、忘れていません。在職期間は入隊時の予想より相当短くなってしまいましたが、わたしは自衛官だと思います。
だから、というのも強引な話だが、少なくとも自衛官は「公人」と「私人」の使い分けができるとも思っていない。まさか私の頃から30年が経過した現在、自衛官は着脱可能な身分になっているのだろうか。
