2ちゃんねる(現5ちゃんねる)が非常に活発だった2000年代の初め、「教えてほしい」と書き込みすると「ググレカス(もしくはggrks)」と言われた。

検索して自分で調べろという意味で、安易に質問するなくらいのメッセージが込められていたように思う。まあ、たらこが「それってどういう意味ですか?」と「それってあなたの感想ですよね」を使い分けるあたり、ただ単にズルい言葉だったともいえるが。
ともかくwin95が出始めの頃、ネットユーザーは爆発的に増え、また個人レベルでも信頼できる情報発信をしており、日本語圏においても検索によって(比較的)正しい情報を得るのはさほど難しくなかった。
今はどうか。
SEOが割と当たり前で、検索すればそれっぽいページ名がヒットするものの、中身を見るとろくすっぽ解説がないノイズばかりのページが上位を埋める。
あるいは陰謀論に、ネットビジネスに、ネット詐欺に誘導するようなページしか見当たらない。
そのつもりでアカデミズムに忠実な論文を検索すればまだしも、論文はあなたの欲求を即座に満たしてはくれない。
で、AIが登場した。
一見するともっともらしい回答を出力してくる。
あなたが求める回答が目の前に提示される。
だが、その真偽は怪しい。
AIはやすやすとウソをつく。欲しい情報枠組みを示したうえで入力すると、ありもしない論文タイトルを出力することはよくある。
結局、ネットの海で真実を見つけ出すのは、最初から真実の端を握っている人に限られる。まったくの空白状態で検索したところで正解が見つかることはほぼない。
ノイズまみれ、真実と誤情報の混濁、薄っぺらいアフィリエイト、情報商材、SEO最適化の裏を突く空っぽのページたち。
コスパ・タイパの価値に従った個人的欲求の最適化が極まった結果、社会の価値が転落していった。その結果が今のネット環境だ。
誰が悪いと言い切るのは難しい。
SNSで誰もが発信、相互に投げつけ合う「民主化」が進んだ。
SEOが誰にでもアクセスできるようになり、中身の精度よりもガワのそれっぽさが検索上位にあがるようになった。
一部のオピニオンが無責任な発言を繰り返し、議論を通じて正解を導く作法が失われた。
社会にとっての最適より、憎悪と不審をかき立てる発信が衆目を集めビジネスに使われるようになった。
これらが理由だが、それゆえ特定の誰かが悪いと指摘することが出来ない。
この混濁した世界でも真実を見出す方法はある。
まずアカデミズムがヒントになる。
正規の手法でデータを扱い、仮説に対してどう効果を持つかの論考は、一定の確度を持つ。
根拠にした主張の引用(リファレンス)が公開されており、読者にも検証可能な状態にある。
信頼に値する出版社ないし研究機関、シンクタンクなどによる発表。
これらは一定の信憑性がある。誰が書いたか分からないアリフィエイトよりは信憑性が高い。
とはいえ、最近ではデータを誤用するのは当たり前、リファレンスからして陰謀論や誤情報まみれなので難しい。
信頼に値する機関といっても、何をもって信頼できるかを真贋できない人にいっても空しい。デマを吐き散らす連中が真実を塗りつぶしていくと、何が本当のことか見定めるハードルが極めて高くなる。
本当にひどい時代だ。「自分で検索しろ」と突き放したところで、検索が機能しなくなっているのに!
ここへもってきてポリコレのような新しい価値が流し込まれたところで困惑するのも自明だ。判別不能な人にとっては陰謀論と似たり寄ったりなんだろう。
不幸な時代。情報化時代と言いながら、確かな情報にアクセスできない時代。