2026年度の始まり。今月1日から道交法改正により、自転車運転者にも危険運転には反則金が科されるようになった。いわゆる青切符の導入だ。
スマホを見ながらの運転で重大事故が発生するなど、何らかの対処が必要だが道路整備するほど予算がない国が、もっとも安上がりな手段として法の厳正化に取り組んだというところだろうか。
政府に要請されたか、メディアも政府指針そのままの提灯記事を垂れ流している。ルールはルール、車道を走りましょう、というわけだ。
しかし歩道を走る自転車を車道に追い込んだところで、今度は自転車がケガさせる側からケガする側に回るだけのように思うが。
今回の改正があまり妥当でない理由を述べたいと思う。
>免許のいる交通スペースに免許不要のドライバーが侵入する恐怖
運用面で不安を感じるのは、自動車やバイクなど運転免許の必要な交通スペースに免許不要の軽車両が入ってくることの危険が安全を上回るように思える点だ。
数年前から自転車は車道にという流れがきており、これを受けて車道を走る自転車もよく見かける。高齢者のふらふらした自転車まで車道を走っており、どうかすると車線の真ん中を走っていて恐怖を感じる。
真ん中じゃなくても急に進路変更するなど、自動車ドライバーにとって車道の自転車は注意のリソースが奪われ運転負荷が高い。
それでも左側路肩を走っていればまだしも、逆走している自転車も少なくない。これは自転車に乗ってる当人も恐怖だろうが、自動車ドライバーもこわい。とくに夜間や夕闇などは危険を感じる。
結局、どれだけ周知しようが免許不要の運転者を、免許持ちのドライバーと同じ空間を利用させるというのが危ない。
しかし法は16歳以上という下限のみを定め上限を持たないため、一般に身体感覚が衰える高齢者も等しく車道に押し出す。これが道理に合わないと感じる。
>目的と方法のミスマッチ&法への過信
安全対策を考える場合、優先順位は次のようになる。
- 本質的安全設計(危険除去) --- 危険運転の廃止、道路状況の構造・設計の改良
- 工学的対策(危険との隔離) --- ガード、カバー、安全装置など物理的に隔離する対策
- 管理的対策(人の行動制限) --- ルール整備、立ち入り禁止、教育など
- 個人用保護具の着用 --- ヘルメット、ひじ当て・膝当てなどの着用
これは主に職場安全の概念だが、事故対策でも適用できるだろう。
つまり先に自転車専用路の整備を優先すべきで、それができないから政府予算的に対応可能な法律改正というのでは安全のための対策とは言えない。
法改正すれば解決できるんだという考え方はちょっと違うと思う。
今回の法改正は主に自転車運転者に対する厳罰化だが、ここ最近、道路状況が非常に過負荷になっている。
信号のない横断歩道でも歩行者が待っていたら止まるよう厳しく言われるようになった。2020年ごろから警察の取り締まり強化がなされるようになったものだが、これもどうかしていると思う。
自動車ドライバーは信号や道路交通標識から情報を得て運転している。前方注意で運転しているが、当然ながら視認性の高く設計されている信号や道路交通標識は注意のリソースが少なくても反応できるためだ。
逆に急な飛び出しによる事故は、歩行者がなかなか情報としてキャッチしにくいことが原因だ。
これは心理学・認知科学においては常識だし、交通安全デザインの前提だ。
信号のない横断歩道は、それが必ず見通しがいいとは限らない。
歩行者は全員が視認性の高い服装をしているわけではない。
等の条件がつくと、これは見逃しがあっても当然だ。
それを、「歩行者がいたのに一時停止しないのか」と言われても、自動車ドライバーはそういう認知処理が常にできるわけではない。
これも結局、先ほどの安全対策の優先順位に倣えば、押しボタン式信号や歩道橋の設置をせず、ただ運用のルールの変更という安上がりな方法をとったに過ぎない。
近年は自主返納も呼び掛けているとはいえ、日本社会全体は高齢化の中にある。いまだに高齢者マークをつけないまま運転する人もいる。
そんな中で今回のような法改正や取り締まり強化は、およそ交通環境を窮屈にするだけでさほど安全に寄与しないと思うがどうか。
行政は事故があった際、事業者が「安全に注意して営業しますので」といった戯言を蹴散らす癖に、どうして自分たちは注意を促す方向にしか対策を打たないのだろう。いかにもダブルスタンダードじゃないか。
だからといって率先して自転車で歩道を走れ、車道を走る自転車に幅寄せしろって話ではないよ。決してそんな危険運転はしないように!
