今週はなかなかハードだった。レギュラー班が崩され、ほかのラインからの応援を得ての生産。特に金曜日は私以外は日本語の不自由な外国人労働者と応援っていう。
わたしは転職回数も多く、現職も数年の社歴があるのみ。そのせいか、あんまりマネージャーのポジションについたことはない。それだけに金曜日はひどかった。
応援だから仕方ないんだが、ラインに精通しているわけでもないから私がフル回転。二人の応援のうち一人は最低限のことしかできないorやらないので大変だし、もう一人はかなり助けてくれたが、結局はラインでレギュラーは私と外国人労働者しかいないからひどいことになった。
稼働中はしょっちゅう文句ばっかり言ってた。機械音でうるさいのをいいことに聞こえない距離でぶちまけていたといっていい。
だが、次の班に引き継いで会社を出るころにはちょっと違う考えになっていた。その共有とでもいうべきエントリー。
結局、できない人がもっとできる人だったらなあという理想像なんてのは、現実を目の前にしたら意味のない話だ。
手持ちの駒をどう配置、あるいはどう運用するかでしかない。何か言ってみたところで人材獲得の権限があるわけじゃないのだし。
そうしてみると、文句を言う私が間違っていることになる。まあ、「あんたの社歴でその程度ってどういうこと!?」って何度も何度も何度も思ったのは事実だけど。
他方で拙いながら私の動きに文句もつけずサポートしてくれた人たちへの感謝が先にあるべきだろう。わたしの管理能力不足だったんだから。
それでも我慢が出来ないなら、足りてない人は会社の下限値だと思って我慢すればいいと思っている。
どうしょもない働き手はどこにでもいる。数多い転職経験で、業種・職種問わず、一定以上の人数のいる事業所には、「どうやって入社した?」と思うほどのスタッフが必ずいる。
外部研修でやったことが全く残らず覇気のないやつ、稼業時間中に寝ていて一切の成果を果たさないやつ、エラソーなこと言うが現場に出たら大したことないやつ等々。ひどいもんだ。
だが、このどうしようもない人たちは会社の下限値だから、自分が多少のミスをしても一番下になることはない。そういうバッファーだと思うと少しは我慢の余地が生まれる。
まあ、これを当人に直接ぶつけるのはやめた方がいいと思うが。
いずれにしても、もうちょっと技術や知識の向上を目指せと思ったとて、その場で何がどうにかなるものでもない。とりあえず現場が回ってるならよしとするしかない。
怒ったところで士気が低下するだけ、注意しても効果が発揮できるとは限らない。
なんなら最低限を超えた教育が自分自身をかえって苦しめることになる。余分に労働力を払うことになり、しかも報酬として跳ね返ってくる可能性が限りなくゼロ。まったく利得がない。
ほんの数日前、ポータブルスキルに「教育能力」と「安全意識」を追加しよう - きのけんぶろぐとした舌の根も乾かぬうちに教育を放棄するのかと言われるとぐうの音も出ない。
だが、教育はロングスパン、現場の回転はショートスパン、それぞれ対応のフェイズが違う。現場を回す余地が小さいときに教育をやるのはかえって現場の士気を下げる。やめるべき。
まずもって教育の質が担保できない。イライラしている状態で適切な教育は無理だ。教育は相互に信頼関係があってこそ。まあ、だから後回しにされがちで、だから教育能力をポータブルスキルに追加すべきと考えているんだが。
当ブログで繰り返しいっているが、むやみと頑張っても報いられない時代だ。腹を立てて消耗するくらいならほっとく方が楽でいい。そんなことを思った一週間だった。
書かれた当人が読んだら面白くないだろうが、それは勘弁してほしい。あなたはわたしが想定した水準に達していなかったのは確かで、それはあなたの立場からすれば「Cinochenus(きのけん)の管理能力不足だろ」となる。そういうことにしておいてくれ。
稼働中は本エントリーのような思考はできなかった。終わって過去のものになり、振り返ってみるフェイズに入って上記のような整理がついた。
世の上司と言われる人たちは、えてしてこういう苦労を味わっているのかもしれないな。わたしもしばらく忘れていたが、こういう苦労を繰り返していたのかもしれないな。