きのけんぶろぐ

政治社会とエンタメを等しく興味をもって発信するブログを目指しています

1記事2PVで更新し続ける私は異世界からきた来訪者で能力者かもしれない

ブログを開始してエントリー数50に到達した。

先日、やっと月間PVが100に達したと通知が来たが、記事一本当たりのカロリーと更新頻度を考えたらコスパの悪さときたら。。。

 

記事50本で100PVということは記事一本当たり2PVってこと?

 

それでも続けているんだから笑っちゃうというか、自分で自分の正気を疑いたくなるというか。まあ、でも今のところ、そんなに負担を感じていないんだから趣味の範疇なのかもしれないが。

 

とにかく日記系ブログ、ゲーム系ブログ、働き方、社会派、エンタメ等々、何かに特化せず全部乗せで書いてる強みかもしれない。

他にそういうブログがあるか、それとなくいくつものブログを拝見しているが、ちょっと見当たらない。Geminiには多ジャンル運営を「SEO的には不利です」と言われている。

あんまり不利だとも思わず続ける私の感性はメジャーからはズレているのかもしれない。

 

そういえば、「自覚はないが異世界からやってきた来訪者かもしれない」と思うことはある。だからこんなブログでも続けられるのかな、とも。

事実、いくつかの点で他の人と違うところがあるように感じる。そんな自己開示的なエントリー。

 

先に言っておくが、あくまでフィクションを消化するのと同じトーンでの話だ。真剣に転生者とか、何かに選ばれた聖人だとか信じているわけじゃない。

 

その上で、以下のような点で他と違うように感じる。

 

  • 遠隔視 --- メッセンジャーやオンゲーなど顔の見えない相手の身体的特徴を当てる
  • 招き猫 --- 空席ばかりの店だったのに、来店した以降に客がどんどん入ってくる
  • 記憶力 --- けっこうな過去のことも記憶に残る
  • 自然治癒 --- わりと傷の治りが早い
  • 愛の絆 --- 恋人と偶然にあう、相談なしの選択が一致する
  • グレムリン --- 機嫌が悪いときに機械が不調になる

 

少なくても高校卒業した18か19の時点でグレムリンみたいなことは観測した。

年長者に叱られていると、部屋のつけっぱなしだったテレビがリモコンもさわらないのに突然消えた。

停電ではない。部屋の電灯はついている。ほかの家電も問題なし。テレビだけ誰も操作していないのに消えた。

こういうことがわたしの身の回りにはしばしば起こる。

 

遠隔視も厳密には見えているわけではなく、チャットしている相手がなんとなくこういう外見をしているだろうなとイメージできる。で、わりと当たる。一番当たった時期で8割くらいだろうか。あてずっぽうでこんなことにはならない。

自分でも不思議だったし、チャット相手も奇妙に思ったらしいが、次のようにわたしなりの解釈を伝えると納得した。

 

手相がある。人相学がある。外的特徴で性格や運勢をあてるという統計学的占術。これの逆だろうと思っている。

チャット相手の傾向から性格を把握、その上であごのライン、手の形、足の形や身長、体型などを推測、その的中率が高い。

悲しいことに運勢が読めるなら商売できるだろうが、見えない相手の姿かたちを当てたところで商売にはならない。実益の上では役立たず。

 

他の能力もおおよそ、次のように解釈できる。

 

  • 遠隔視 --- 手相や人相学の逆。性格から外見をイメージする
  • 招き猫 --- 単なる妄想。あるいは客入りを外見から見て心理的ハードルを下げたことで来客増
  • 記憶力 --- 人並みの範疇。多少記憶力がいいだけ
  • 自然治癒 --- 人並みの範疇。ウルヴァリンやデッドプールとは違う
  • 愛の絆 --- 恋人と好みが似通った結果、似たような場所、似たような選択をする。選好類似
  • グレムリン --- 妄想。記憶の取り違え(機械が不調で機嫌が悪くなる)

 

ただ、それでも説明できないものはある。

こうした事象に対して徹底して想像の余地を排し、現実的な解釈に着地させようとする科学的姿勢が日常レベルで定着していること。

これはちょっとしたもんだと思う。

 

この態度があるから、政治・社会の出来事も、ゲームや映画や本などのエンタメ分野においても、一貫して構造を分析し、感情や共感でくるんだ結論を佳しとしない記事が量産され続ける。

 

他方で自分の身に起こったことを茶化して受容する感性がゼロというわけではない。だから上記の出来事を「能力」と解釈し、「わたしはもしかしたら異世界からきた能力者かもしれない」などと空想したりする。

 

※何度も言うが、あくまで「空想」だ。真剣に信じているわけじゃない。

 

それゆえ、いわゆるスピリチュアルな人を完全に否定したりはしない。そこからわたしに物を売りつけるとなったら、その価値を私は認めないから買わないというだけ。

その人がその人の中で完成するなら、その精神世界を破壊しようとは思わない。

他方でカルトはダメだ。受け付けないし認めない。一部が富や権力を集中しようと多数を搾取する構造を、宗教というパッケージで商売するのは許せない。

陰謀論も同様だ。ほかに解釈できる事象を、歪んだ認知で社会把握する試みは、わたしのスタンスとは相容れない。

 

ともかく、わたしはこれからも書く。わたしというフィルターを通して見える政治・社会、エンタメ、その他もろもろ。現在地は月間100PVだが、さらに広くリーチできるよう更新を続けたいと思う。