きのけんぶろぐ

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亡き母が妻に渡したもの

妻は私の母を知らない。

結婚前に亡くなっている母とは会うことがなく、私や私の親戚が話す母のイメージしかない。今のようにデジタル写真の時代の人じゃないし、私も母のことをことさら残そうとしてこなかったから。

しかし夫婦で話していたおり、母に関するエピソードを思い出し、そのまま妻に伝えたときの反応が、わたしの心にキュッときた。

 

近所のある家族について話していたら、そこの親夫婦は離婚していたことを妻から聞いて知る。

どうやら、夫が嫁入りした妻をかばわず夫の家族が冷たくあたるのにシェルターの役目を果たさなかったことが原因らしい。

そういえばと思い出した。

 

母は生前、「あんたは結婚してお母さんと一緒に暮らすことになったら、お母さんじゃなく奥さんの味方になりなさい。お母さんは家族だけど、奥さんは他人であなた以外に味方がいないんだから」などと私に助言していた。

それを妻に言ったところ、「お母さんに味方がいなかったんだね」と。

 

別にそんな周辺情報は言ってなかったから、この反応にはちょっと驚いた。で、確かにその通りだと思った。

父は実の母の面倒はよく見たが、母に寄り添うなんてことはちょっとなかった。なるほど子どもの私に見せなかった可能性はあるにせよ。

結局、実母と自分の家族に板挟みになったのか、父は母より早いうちに亡くなった。母がなくなる10年ほど前のことだ。

 

わたしは現実主義だ。変えられない事実に不満を言ったりはしない。両親がいないことをくよくよ悩んだりはしない。

だが、存命ならば妻が得たであろうわたしの両親との関係が、もう絶対に手に入らないことを全く考えないわけではない。

 

だから私は妻の反応に驚き、うれしかった。母はもういないが、妻と母は全く縁がなかったわけではない。わたしというフィルターを通して何かしらのつながりがあったのだ。

なかったと思っていたものが出てきたときの感動は、ひどく大きい。