きのけんぶろぐ

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新作映画「ウィキッド 永遠の約束」レビュー:ドロシーの扱いが最高!(ネタバレなし)

「ウィキッド 永遠の約束」を観てきた。いろいろ言いたい。がんばってネタバレなしで。

だが最初にひとこと言わせてくれ。

 

「ほんとうにミュージカル要素を入れる必要はあったんですかァ?!」

 

公式サイト・ギャラリーから拝借

 

ブロードウェイミュージカルで人気のタイトルらしいが、だからって映画にミュージカル要素を入れるべきではなかったんじゃないか。

鑑賞中、ミュージカルシーンのたびにストーリーが止まるんでイライラしたんだが。まあ、前作「ウィキッド ふたりの魔女」でもミュージカルシーンはあったから、今作だけ抜くわけにもいかなかったんだろうが。

 

他にも言いたい。脚本がミュージカルありきというか、みんな決着を知っている、その美しいエンディングのために諸々を端折っているじゃないのか?

 

前作で決定的に決裂したふたりの魔女、エルファバとグリンダ。一方はオズの悪に直接立ち向かうため、他方はオズが壊していく世界の中で人々に希望を残すため、各々のルートがくっきり分かれてしまう。

そして本作、一人の男性フィエロを通しても二人の立場は交わり、また別の方向に向かっていく。

 

それはわかった。劇中もそうしたいんだろうとわかった。

問題は、それらをいかにもご都合主義的に展開していくところ。

これは映画ファンには既視感のあるやつ。原作ありきで作られた映画にしばしばみられる現象。

わかっちゃいるが、見てられない。

 

文句ばかりになりそうだ。

ストレートに褒めシーンを並べていこうか。

 

童話「オズのまほうつかい」主人公ドロシーがカンザスから嵐に巻き込まれてオズの世界にやってくるシーン。

あんな見事な表現があるのかと感心した。

東の魔女がドロシーの家に押しつぶされて死に、銀の靴がドロシーのものになる。

あれがこんな形でやってくるのが本作最大のポイント。ものすごくよかった。

 

カカシ、ブリキのきこり、臆病ライオンをお供にするシーンは大胆にカット。

オズのまほうつかいが機械細工師の演出だったシーンもカット。

さすがに西の魔女がドロシーの水を浴びて倒れるシーンは入ったが、ここも大胆な演出で短めに。

本作の主人公がドロシーでない以上、これは正解。

 

でもやっぱり言いたい。映画にミュージカルはなじまない。

「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」にもミュージカルシーンがあったが、あれも本当にイライラした。

なぜか。

 

映画はカットで語るメディアだ。役者のアップになった表情、ほんのささいなしぐさ、小物の配置などでストーリーに奥行きを与える。瞬間瞬間で登場人物の心情や背景が鮮やかに浮かび上がるから、鑑賞時間以上のストーリーを受け取ることが出来る。小説のような膨大なテキストで語るストーリーを映像作品として表現できる。

それをミュージカルシーンは台無しにする。あくまで体感だが、どんなに短く見積もっても1分以上はあるだろう。それで一寸もストーリーが進行しない。役者の横顔なら1秒でストーリーを説明できるのに。

 

ミュージカルと映画。この相性の悪さを確認したい人は観に行くべし。そうじゃないなら映画という形で「ウィキッド」を消費しなくていいのではないか。ミュージカル文脈を解さないわたしには苦痛の連続の映画だった。