子どもの頃、絵本か何かで「鬼の腕」という話を読んだ。それが今に至るも記憶に残っている。話はこうだ。
大きな店を構えた大店がいた。彼は大層ケチで雇人の飯まで減らそうとする。あれこれやった挙句、最後は吊るした塩鮭を眺めて飯を食えというので番頭含め全員が逃げてしまった。大店はケチで気にしない「食わせる飯が減った。儲かった儲かった」
しかし手がなければ店は回せない。困っていたところに大男がやってくる。「飯はいらん。一晩一合の酒をくれ」と。これは都合がよいと歓迎する大店。確かに男はよく働く。ところで男はどうやって酒一合で過ごすのか。気になった大店は男の暮らす小屋を覗く。すると男は腕に酒をふりかけ「今日もよくやった」と声をかける。腕は真っ赤に焼ける。
とはいえ、男は腕に酒をやるばかりで飯も食わないから弱っていく。くたびれて座り込んだところに大店が「さっさと働け。毎日酒一合やってるだろう」とどやしつける。男は顔をあげるが、そのまま力を失い倒れる。これでまた人手なし。
困った大店は悪知恵を思いつく。男の両腕を切り落とすと酒一合を振りかける。すると生き返ったかのように腕が動き出す。薪割り、荷運びあっという間。喜んだ大店。ところが業の深さに変わりなし。大店は一合の酒もケチるようになる。少しずつ酒を薄める。
大店の店が長く開かない。あのケチがどうしたんだろうと近所の者が入っていくと、太い両腕に喉を締め上げられた大店。手近な紙には「酒をくれ」と。
こんな筋だった。鬼の腕とは酒で働く大男の腕のことだろう。ケチが極まって人手不足。渡りに船でやってきた助力にもケチる。挙句に殺される。昔話としてぞっとする。
しかしわたしが今、これを思うのは、本当に昔話なのかと。今の日本の労働市場も似たようなものに見えて仕方ない。
今の日本も人手不足だとよく言われる。
そして失業率も先進国では低い水準にある。
この表面上は豊かに見える構図、わたしには少々疑問に思える。
団塊の世代がごっそり抜けると雇用全体ではリストラせずに労働者を減らすことが出来る。
競争が激化すれば人材獲得に追加コストもやむなしとなるが、これを回避している。
日本人に限らなければ外国から安い労働力を求めることで賃金上昇を抑えることができる。
結果、賃金は増えない構造が維持される。
これが失われた30年の正体。
労働者を価値ではなく経営圧迫の固定費とみなして抑制していく構造が、内需を冷え込ませ海外への投資に振り向かせ、また内需への投資を鈍らせる負のスパイラル。
得するのは売上を伸ばす企業の経営者と内部留保を積み上げる法人だけで、そこに働く人たちはちっとも楽にならない。
これを支持するのは「令和5年版 労働経済の分析」だ。
一人当たりの実質労働生産性は他の主要先進国並みに 上昇しているものの、実質賃金は伸び悩んでいる。我が国においては、労働時間の減少や労働分配率 の低下等が賃金を押し下げている。
ところが「令和6年版 労働経済の分析」はありもしない鬼の腕を求める方向に転じている。
今後も続く高齢化や人口減少には、労働生産性や労働参加率の向上が必要
共働き率が上昇傾向にあることを示しておきながら、厚労省はどこから労働力を求めるつもりなんだろうか。
今は少子高齢化であり、家庭から労働力をこれ以上搾取しないでほしいし、高齢者をシルバー人材などといって賃金のダンピングするのも勘弁してほしい。
総じて労働者の誰も得しない方向に進めようというのは、厚労省のあるべき姿なのかどうか。わたしにはちっとも賢い態度には見えないが。

令和5年版厚生労働白書-つながり・支え合いのある地域共生社会-(本文)|厚生労働省
鬼の腕。
経営者は本当に人手が失われるまで気付かないのか。
もっと暴力的に締め上げられるまで分からないのか。
日本人はもう少し賢いのではなかったのか。

ちなみに人手不足による倒産とは決して絵空事ではない。
コロナ下の行動制限が明けた現在でもそのトレンドが続いている。
人手不足倒産の動向調査(2025年上半期)|株式会社 帝国データバンク[TDB]
2025年上半期(1-6月)の人手不足倒産は202件発生し、上半期としては2年連続で過去最多を更新した。「2024年問題」が懸念された「建設業」や「物流業」の倒産が数多く発生し、(中略)人手不足倒産は今後も高水準での推移が見込まれる。
人手不足というが、ただ単に賃金不足ではないのか。
切羽詰まったフェイズで賃金を上げるのは難しい。人員がそれでも確保できている段階で賃上げに振るべきで、それは春闘云々の話ではない。企業の生存の話だ。
なぜ、そこに気付かないのだろう。今は気付く材料が多く示されているのに、それでも賃上げせずに別の施策を打ち続けることに価値が見出せるのか。わたしには疑問だ。