お題「人生で一番古い記憶」となると、出てくるのは親類の集まる場で茶を汲んだヤカンとおばさんの一言。ざっと披露すれば以下のようなエピソード。
法事だったのだろうか、寺のお堂のようなところに親や親戚らが集まっていたのを覚えている。おじさんがわたしに茶のお代わりを求めてきた。茶碗を受け取り、茶の入ったヤカンへ向かう。
ヤカンは大きい。金ぴかのそいつは笑っていないし、お金を出せば情報をくれるわけでもないし、殴ったら石化ブレスを浴びせたりするわけじゃないけれど、子どもの私には重く、大きかった。
どうにもこうにも持ち上がらずウンウンうなっていたところ、おばさんが近寄ってきて「傾ければいいのよ」と。
まさに天の声!
なるほど、持ち上げなくても傾ければよかったのだ。注ぎ口に茶碗をあてて傾けると茶を汲むことができた。
当時のわたしがどう感じたのかは覚えていない。しかしずっと記憶に残っているこのエピソードは、のちにコロンブスの卵やコペルニクス的転換など知るたびに、当時のアレがコレだったと気づくことになる。
そのことに感動し、感謝をおばさんに伝えるのだが、どうもうまく届かない。「そんなことあったの?」と笑って取り合ってくれない。こちらは開眼の瞬間だと思っているのだが、おばさんにとっては甥の子供時代のエピソードの一つに過ぎないようだ。
あのヤカン、実はウィザードリィを先取りしたのではないか。子どもだからとお金を渡さずとも情報をおまけしてくれたのかもしれない。
ありがたいことにこのおまけの情報は、わたしにとってはものの見方を啓く第一歩になった。この記事でも改めてお礼を言います。
「おばさん、ありがとう。わたしはあなたの一言で大きなものをもらいましたよ」
