前稿で既成政党に投票するリスクについて、政策ではなく政治行動に着目して指摘した。公約反古、基本政策の軽視、民意の無視、敗北戦略、ガバナンス不全等々。政策で優先順位をつける以前の話だ。期待を預けるに不安な勢力ばかり。
すわ「自ら立つががいい!」と煽る声が聞こえてきそうだ。可能ならばそうしたい。しかし現実には相当のハードルがある。
本エントリーでは立候補のハードルについて、資金・人員・当選可能性についてみていく。「そんなに文句言うなら自分でやればいいのに」と思っている無関心層の方々、こういう事情があるんですよと確認資料を提示するつもりで書く。
またハードルを示した後、ハードル解消のための解決策を示す。あわせてご覧いただきたい。
>経済的ハードル:高すぎる供託金、低すぎる議員報酬
最初に取り上げるのは供託金。日本の選挙に立候補しようとした場合、一定の円を選管に預ける必要がある。
先の衆院小選挙区だと300万円。比例区だと1000万円。まず、この時点でポッと出で立候補できないのが分かるだろう。
ちなみに海外ではこれほど高額の供託金制度はほぼ存在しない。G7の供託金は以下の通り。

これほど高額なのは日本以外では韓国で135万円。しかし違憲判決が出ているのだという。
選挙に出馬するには世界最高額の費用がかかる日本。その制度が変わるかも? | 日本最大の選挙・政治情報サイトの選挙ドットコム
40-50代の独身、正社員でまじめに働き貯金をためていた人ならば、出して出せないことはないだろう。が、これはあくまで立候補するのに必要なもの。選挙に必要なものはまた別だ。
選挙ポスターや選挙ハガキの制作には資金がいる。一定割合で得票できれば公費免除されるのだが、制作時点で支払いが必要となれば手持ち資金が必要になることには変わりない。
選挙カーを走らせるならば仕立てる資金が必要。街宣のためのスピーカーなどが必要だというなら、これにも資金がいる。
一人で選挙はできない。運動員を使う。資金がいる。
これは国選の話だが、ひるがえって身近なレベルで自治体議員がいる。都道府県や政令市などは一定の報酬があるのだが、町村議会は悲惨だ。
議員のなり手不足問題について、その原因の一つが町村議会議員の低額な議員報酬(全国平均約21万円)であると考えられる
町村議会議員の議員報酬等のあり方検討委員会|議員報酬の見直し及び政務活動費の活用に関する調査研究|調査・研究|全国町村議会議長会
「政治家の議員報酬を下げろ」とはよく聞く。国会議員のことを指しているのだろうとは思うが、身近な地方議会ではこの待遇。あなたは自分の安定した職を捨ててまでこの低報酬でチャレンジしようと思うのか。
ただ、低報酬というだけでなく、選挙で信任を得る必要があるし、得たとしても任期は4年しかないし、更新しても議員報酬が上がることはないし、どこかで聞いたような話だと思わないか。低賃金・有期雇用の非正規労働と大差ないのだ。
これを議員に求める時点で無理がある。議会の若返りを言われたところで住民は「理念で飯が食えれば苦労はいらん」と蹴散らすだろう。
国選よりはポスター等、選挙にかかる負担は少ないとはいえ、見返りがこれでは持続可能なものだとは思えない。結果、経営者、個人事業主、引退して生活資金に余裕のある高齢者しか議会に入ることが出来ない。
>人的ハードル:誰が選挙をドライブするのか
選挙は一人ではできない。とくに国選では不可能だ。絶対に選挙対策チームが必要だ。チームには人員が必要だが、それは誰が集めるのか。基本的には候補者あるいは候補者が信任する選挙対策チームの責任者が担う。これが大変。
有償の運動員だと資金がいる。無償ボランティアならツテがいる。どちらにしても勝手には集まってこない。身近な人に頼むことを少しでも想像してほしい。
「選挙に出るんだ。応援してくれ」
「わかったよ。投票に行くよ」
「ポスターを貼ってほしいんだけど」
「は?」
まったくの白紙からスタートする人は、だいたいこのルートをたどる。
ほとんどすべての人が選挙の応援=投票という図式でしか観測できないから、そこから先のお願いをするのは本当に大変だ。お願いしても受けてくれなければ次々連絡していかねばならない。大変だ。
どうにか人員を確保したとして、そこからまた問題だ。
きちんと段取りしなければならない。たとえばポスターを貼ってくれと押し付けても貼ってくれない。どこに掲示板があるか知らないからだ。
設置場所は選管が指示してくれるが、地図を用意してくれるところも、用意してくれないところもある。用意してくれなければ選挙陣営が用意する必要がある。陣営でできる人がいなければ候補者自身で段取りする必要がある。大変だ。
ポスター設置地図のない選挙区で立候補、選挙陣営は選挙中しか手配できない。事前準備は候補者自身。あなたは連日、リストを参照しながらgoogleマップにピンを刺し、ルートを設定し、必要な時間をにらみながら人員配置を考える。政策立案や支持者との対話がこうして無為に消えていく。最初は絶望し、次に怒りがこみ上げ、最後は無になっていく。あれは無常だ。
すべてがこの調子で、人はいるがいるだけでは機能しない。それが「選挙に行く」ではなく「選挙をやる」側の負担なのだ。
>得票のハードル:選挙情勢の観察力・票読み等
資金も用意した。人員も確保した。それで終わりではない。選挙をドライブしただけでは当選しない。当選のためのロードマップが必要だ。
あなたはあなたの選挙区で当選に必要な票数を言えるか。では、それに到達するための戦略を用意せよと言われたらどうすればいい。
はっきり言う。前回選挙の最低当選ラインも分からないのに立候補しようというのは無理な話だ。
立候補するならば、まず前回選挙の結果を見よう。そして最低当選ラインをつかむ。その上でどう展開するか。
あなたに投票してくれそうな人をカウントしていく。親兄弟、友人あたりは固いか。いとこはどうか、あの知人グループはどうか。あなたが掲げる政策に支持してくれそうな層はどこか。投票に足を運び、応援してくれそうな層はどの程度か。これを票読みという。
わからない? わからないだろう。わからないのだ。選挙のプロはわかるというが、私は疑問に思っている。
選挙中も情勢は変化していく。それを読む情勢分析も変数の一つで、この変化の機微を敏感に感じ取って選挙戦術を切り替えていくのも選挙のプロの仕事だというが、はたして実際はどうなのだろう。わたしにその知覚力はない。
結局、将来は不確定なものだという一般原則が選挙にも当てはまる。公示直後に大勢は決していると私も思うが、選挙結果が完全に固定的なものだと思えない。だからチャンスがあると希望を抱いて選挙に臨むのだし、逆に言うと相当の努力を払って、しかし無残に散っていくのだ。
他方で、この立候補する立場をうっすら想像していくだけでも、投票しない層がいかに無視されうるか想像できないだろうか。
投票しない人は政治のプレイヤーから除外される。投票しない人に向けて政策を語る人はいない。それをする政治勢力は支持拡大できないから細っていく。負けていく政治勢力にイニシアチブは握れない。
>3つのハードルを乗り越える処方箋
供託金等の経済的ハードル、運動員等の人的ハードル、票読み等の得票のハードルの3つを説明した。実際はもっと複合的に要因が絡み合い、ハードルは一層読みにくくなるだろうが、おおよそはこの3つが立候補ないし選挙のハードルだ。
これでもなお、「それだけ文句を言うのならば自ら立てばよい」と気軽に言えるか?
本エントリーを読んでなお、それを言うのはよっぽど人を追い込むのが好きなサディストだと判断するしか私には手立てがない。あるいは憂さ晴らしに悪意をばらまくネットのノイズか。
きつい言い方をしてしまうのは勘弁願いたい。
わたしにも立候補の経験があり、安易に放たれる「じゃあ、自分で立候補しろよ」という言い回しにはあまり寛容になれない。
わたしは国選ではなく地方議会選挙だったが、望む結果は得られず散った。ただの義憤で挑むもろさを知った。
その経験から、選挙は供託金と選挙ポスターがもっとも負担が大きいと感じる。これを構造的になくせば立候補のハードルは下がるだろう。
同様に選挙カー、選挙公報、選挙ハガキについても見直しが可能だろう。
さすがに票読みはしてもらわないといけないが、ほかのハードルが下がれば被選挙権環境は相当に変わる。
ではハードルを下げるための具体的な処方箋。ポイントは3つ。
- 供託金の廃止
- 選挙ポスター、選挙公報、選挙ハガキの事前データ入稿
- 選挙カーの廃止とデジタル活用
以下、詳細。
供託金制度は廃止。総務省は
当選を争う意思のない人が売名などの理由で立候補することを防ぐための制度です。
というが、都知事選で選挙掲示板を宣伝スペースとして売り出す政党が出現する現状では機能しているとは言えない。払う能力があれば売名目的で300万円くらい払う。お金で売名行為を防ぐのは不可能だ。
選挙ポスター、選挙公報、選挙ハガキはいずれも選挙公示の前にデータで選挙管理委員会(以下、選管)に提出、選管はデータ内容をチェックしたのち、問題がなければ入稿、出力、ポスター掲示板に各候補のポスターを貼った上で設置すればよい。
選挙受付と公示を同日にする現状では不可能というだけで、それをずらせば問題なく実現可能だ。
選挙公報も公示と同時に配布すればよい。
選挙ハガキも選挙ごとに規定枚数を設定したうえで選管が印刷、公示日かそれに近い日に届くよう手配すればよい。
有権者はすべての候補者の選挙ポスター、選挙公報、選挙ハガキを平等に並べて比較することが出来る。立候補者は各陣営で手配するコストを払わずに済む。選挙費用の透明化も進む。誰も損しない。誰もが得する。
選挙カーも廃止。公職選挙法で連呼行動しか認めていない現在のやり方は不合理だ。候補者名しか有権者に届かない同制度は、ほかに代替することが可能だ。
まず選挙公報は公示日に届くようにするのだし、ほかにも候補者に動画メッセージを作成してもらい、選管の管理するスペースで公開すればよい。PCやスマホから視聴可能な環境を整えれば、より多くの情報を有権者に届けることが出来る。
あるいは候補者を一堂に集めて討論会をやってもよい。各々が勝手に自己宣伝するだけではなく、相互に政策論争できる場があれば選挙は全く違う景色になるだろう。
こうしてハードルを下げてもなお、選挙は難しいと考える人は多いだろう。顔をさらし、政策を訴え、落選すればコストにリターンはなく、当選しても身バレのまま公共の福祉に準じる。まじめにやればやるほど割に合わない。苦労ばかりだ。
「いくらハードル下げてもらっても選挙に出たくない。投票でできるアクションはないか」とは多くの人の感想だろう。次稿でこれに応えよう。
シリーズ:政治を取り戻す