ゼークト論。有能・無能×勤勉・怠惰のツー・バイ・ツー・マトリクスの4分類で人を評価する考え方。
ライナーではない評価価値にハッとさせられ惹きつけてくる。
ちょっとした驚きに万能感を刺激され、ついつい観測ツールとして使いたくなってしまうやつ。
ビジネス界隈で一度は聞いたことない?
なんであれが生き残り続けているか少し考えてみよう。
そして有用性について探ってみよう。
ちょっとした息抜きになればと狙ったエントリー。
ゼークト論の有用性に自信を持ったあなたにこそ届けたい一本。
まずおさらい。
ドイツ軍人が新兵を評価するのに使ったとされるのが由来。
有能か無能か、勤勉か怠惰かの2軸で判定する。
>無能だが怠惰
兵士としては使える。
状況判断の才覚はないが十分だ。
怠惰であるがゆえに必死に生き抜こうとする。
適切な命令がある限り有用だ。
>有能で怠惰
現場指揮官として適正がある。
有能であるため現場を生き抜こうとあらゆる手段を使うだろう。
怠惰であることが前線では有利になる。
>有能で勤勉
参謀として指揮所におこう。
有能であるため部隊を動かす命令立案に役立つ。
>無能だが勤勉
命令に忠実なため手遅れになるまで状況変化に気付かない。
銃殺するほかない。
表.ゼークト論による人事評価
| 無能 | 有能 | |
|---|---|---|
| 怠惰 | 兵士 | 指揮官 |
| 勤勉 | 銃殺 | 参謀 |
価値の積み上げ式で思考すると無能で勤勉は無能で怠惰より上位にきそうに思うが、ここで反転する新規さがある。
ゼークト論を採用する人たちの感情的根拠もおそらくここだろう。
ただ、本論がベースにしているのは軍隊かつ戦場という点でビジネスに応用するのは難しい。
いまさらわたしが言うまでもなく、最近の効率的な組織というのは有機的なものだ。有機的とはポジションの上下に関係なく目的達成のために動けるということ。軍隊のような上意下達組織とは組織運用の思想がそもそも異なる。
また戦場のような落命や受傷のリスクが身近にあるのと、いくらハードだといっても死ぬことがないのと同列に並べるのは困難だ。
(過労死? そういうレベルでビジネスを議論する人とは仲良くなれない。本エントリーでは考慮外とする)
さらに学術的にツッコミを入れるなら、有能・無能そして勤勉・怠惰がどういう定義付けのもとで定量化されているか分からない以上、現場に持ち込むこともできないはずだ。
ゼークト論がジョークであるというのはわきに置くとしても、どうやったらビジネス活用できるのか皆目理解できない。
無能で勤勉なのを排除するという点が新規に感じられて、何かしらポジティブな変化をもたらせそうな気がするのだろうか。たぶん、それは気分の問題なので無視した方がいい。
いろんな論理的根拠をちりばめたとしても、無能で勤勉を排除するという時点で、この人手不足の昨今、採用できないと思うのだが、採用しようというグループはよほど優秀な人材ばかり集まっているのか?
おや、優秀な人材ばかりなら無能・有能のボーダーがなくなってしまうが。指揮官と参謀、さしずめプレイングマネジャーと企画開発か。実働部隊のないハードな組織になりそうだ。私はそこにいたくないが、これを好ましいと思うグループは積極的に採用してはいかがか。
わたしは先ほど少し効率的な組織について述べた。
効率的とは指示待ちする部下、結果だけを要求する上司では成立しない組織のことだ。
各々が組織の目標・目的に従って自主的に動いていく。
ここが目玉ではないか。私はそう思う。
どうせ軍隊ネタならよほど山本五十六氏の教育モットーの方を採用してはどうか。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」
いきなりやらせてミソクソにいう。
そんなスタイルは大日本帝国海軍の時代から古臭いのだと自覚した方がいい。
こうした扱いを受けたあなた、気にするな。その上司もしくは先輩は、時代を相当に出遅れた人なのだと内心でクスッとしておこう。
ゼークト論? 論外。ビジネスで採用できる余地はどこにも見当たらない。こっちに関しては大声で指弾してもよかろう。(註:当方は責任持ちません)