私の大学時代、とてつもない鬼門の講義があった。1年次からの必修科目。つまり大学卒業したければ絶対にパスしなければいけない講義であるにもかかわらず、1年次でパスできるのは1割。これは私の先輩もそうだったし、私の後輩もそうだった。心理統計法。いやはや、とんでもない講義だった。
しかし大学卒業から20年以上になるが、現在まで捨てずに残っている大学のテキストは、この講義に用いられた「教育と心理のための推計学」だけだ。

すっかり色あせた書籍カバー
統計は有用だ。世にあふれるデータ読解に役立つ。
ビジネスや政治のシーンでは数字を安易に扱うシーンが少なくないが、これが正しいか否かを理解するのに統計学ほど有用なものはない。
もっとハッキリ言わせてもらえれば、統計のガワをまとってデータを悪用している例が多すぎる。多くの人が理解できないだろうと思って騙しているのか。あるいはデータの扱い方も知らないのに統計っぽい体裁だけつけているのか。その違いは悪意があるか否かというだけで悪質なのは変わらないのだが。
だから統計は広く理解されるべきだと思うのだが、まあ、ネットに転がる解説の雑なこと。説明としては間違っていない気がするが、それがどうしたというものばかりでクラクラする。
人は学問を学問としてだけ吸収したいのではない。学問をツールとして世界を精緻に観測できるからこそ価値を認めることが出来る。統計においてこれはほとんどなされていない。
ここでは先に登場した「教育と心理のための推計学」の3ページに出てくる四種の尺度について説明し、それが持つインパクトについて以下に示したい。
四種の尺度とは、名義尺度、順序尺度、間隔尺度、比率尺度を指す。名義尺度とは単にカテゴリを区別するだけのもので、たとえば血液型などはそうだ。A型とO型に優劣はつかない。しかし区別はついている状態。
順序尺度は平たく言えばランキングだ。徒競走の順位。オリンピックの金銀銅。優劣はつくが、そこに比較できるだけのものはない。つまり金メダリストが銀メダリストの2倍強い、もしくは速い、ということは意味しない。
間隔尺度は温度があてはまる。気温10度から5度上がれば15度になる。ただし摂氏0度は水の凍る温度として便宜上おいているだけで熱エネルギーとは関係がないため、気温20度の日は気温10度の日の2倍暑いなどということはできない。
比率尺度は度量衡がそうだ。10メートルは2メートルの5倍の長さがあり、15キログラムは30キログラムの半分だ。あるいは金額も同様だ。0円は0円だ。100円を10倍すれば1000円となる。数字の等倍は金銭価値の等倍となる。
多くのウェブページはここまでしか書かないから、「へー、あっそ」で終わってしまうのだろう。私はここからもう少し進めてみる。
たとえば政治の分野、とくに安全保障において「防衛費をGDP比2.0%に拡大」などと言われている。これはどう解釈できるのか。
かつてはGDP比1.0%だったから予算は2倍になる。では防衛力も2倍になるのだろうか。
答え・ならない。
まずこの話題はGDP比の話であるため、経済成長すると比率が上がらなくとも防衛費も拡大する。
これを無視したとしても、防衛費と防衛力は比例しない。防衛費を2倍に増やしたから防衛力が2倍になるということではない。
この場合、防衛費は比率尺度で0円を起点として比較できるのに対し、防衛力はミサイル10発が5発の2倍の効果があるといったことは言えない。これは別稿に譲ることになるが、百発百中の銃一丁と百発一中の銃百丁は効果が等しいとは言えない。装備の数と防衛力は比率で観測することが出来ない。
安全保障関連は基本的にブラックボックスということもあるが、予算(=金額)という比率尺度に対して防衛力(効果)は比率尺度ではない。比率尺度でないものを等倍できるものであるかのように装うことが不誠実だという視点が重要だ。
これは尺度という概念を理解していれば把握するのが難しくない。
あるいはビジネスで見た場合はどうか。
広告宣伝費に予算2倍を投入したからといって売上2倍が確定するわけではない。なるほど売上額は金額だ。比率尺度と読み替えてしまうかもしれない。しかし売上結果は広告宣伝以外の営業能力や市況などにも影響される効果の領域だ。
それを勝手にボスが「予算投下した分は成果を出せ」とすごんできても、(ああ、コイツはデータがわからんやつなのだ)と内心で嗤えばよい。気落ちするなどもってのほか、怒ってエネルギーを浪費する必要もない。
処世術としてわからない方がいいと言われたら元も子もないが、分かっていれば打つ手がある。準備ができる。
観測できなければ相手にコントロールされるだけだ。そこが全然違う。サバイブできる。
この視点を持てた点が統計を身につけた効用で、大事に「教育と心理の推計学」を手元に置いて繰り返し知識を確認している理由でもある。
1年次の受講で必死に学んだ当時は、(必修科目で何をさせるんだ)と腹を立てていたが、今にしてみると一番といってもいい学習成果だったと思う。その有用性は腐らない。
読者の皆様におかれましても、統計に興味を持ち、社会を生き抜くツールとして手持ちする機会になればと願う。